2025年に万博が開かれて、とても後ろ倒しだけど、というそれも不十分であることも含めて
作詞家の自分を上げようという掘り起こし。愛・地球博にとても焦がれていて、そこから愛・自分博
なんて思い付くのも足りていないなあという思いも込めての、タイトル。

手始めに、自分で見つけた万博に行き着き

その前から浮かれていた歴史。家族ともども。当時なら未成年の年齢だし
受験生なのに腹痛抱えてもなんせアイス食べてる。
作詞家になれればすべて小さなことで、満足いくと、大志をいだいた、みたいな

まだ作詞楽しいなあという思いが

巡り巡り な東西南北

すまし顔な二十歳前 北海道からホントに浮かれ気分の沖縄へ続いた旅

街に出た19才なので行ってみた床屋で、南国へにてIREI?露わ。
なんとなく不謹慎で、以降行か
なくなる不思議なおしゃれのころ。というか忙しさが多岐に

で、どうしても行きたくてねだった、ねだれる余裕が浮き出した愛・地球博!

とにかく行きたい心元があらわれている、キレイかつ不本意痩せを
撮ったもの

画質は悪いが(全部だけど)実際なんとなく体験した、通り、のワンショット

いろんな角度がある、いかに浮かれていたか、
それが方向性であって、食事も含めて未消化でも、それも思い出のの万博
それらが2025年に行かなかった理由か。

ここまではっきりしているのは貴重、な横顔。
作詞家の自分の一片にもなっていないけど、遺伝的にはなっている。

万博の年が明けて、和歌山で最後のゆっくりだっと思ってトウシが俊貴国にはっ
きりして来た頃。
着ているものが割といい。

プロフィールページの写真時に撮った、行かなかったからこそハイだった成人
式の頃の写真

大学が就活でわさわさしていたけど、ただ作詞のわを、と世界にしていて
スーツと関係ないままの自信
カメラ付携帯でフッとワンルームで写真撮っていた心理に時代の旅の勘違い。
半裸なんかもガリガリなのにある

専門学校に通いながらバイト社会人してた頃のもあるけど、それはカット。
ギャンブル職業作詞道を、和歌山に戻っても信じ続けて。真面目頑固。
でホントに秘密でやっていたギャンブルが宝くじで、くじの日に当たっちゃってまた浮かれが巡った。

大人子供ドヤっと。

選んだ商品。米価高い今の方が親孝行になったかも。でも当時でも意気揚々だった。

髭を伸ばして、栄養を摂って命をのばして、
作詞への意気も伸ばしてみたいな複雑さがよろず。変な運使ったかなあとか。
天職の意味で東京に、や、遊びで愛知へ、と足を延ばす費用へと売りに出す知恵も出なかった、し。
な子ん供部屋s。
まあ両地とも後日、色々工面して行ったのだが。それも後々迷走な作詞パビリオン。
だから尽く尽く自分博?
つづく??
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